こころ塾から
伝承文化研究所・こころ塾
送母路上短歌
頼山陽(らいさんよう・江戸時代)
東風母を迎えて来たり
北風母を送って還る
来たる時芳菲の路( ほうひ ) *1
忽ち霜雪の寒と為る( そうせつ )
鶏を聞いて即ち足を裏み( つつ )
輿に侍して足槃跚たり( あしばんさん ) *2
児の足の疲るるを言はず( じ )
惟母の輿の安きを計るのみ( ただ )
母に一杯を献じ児も亦飲む( また )
初陽店に満ちて霜已に乾く( しょよう、しもすで )
五十の児七十の母あり
此の福人間得ること応に難るべし( じんかん )
南去北来人織るが如くも
誰人か我が児母の歓びの如くなる。( たれびと )
*1芳菲の路=においのよい花の咲いた道
*2槃跚=よろめきながら
母に送る路上の短歌 頼山陽
春風そよぐ三月、母を迎えて京寓にいたり、北風すさぶ十月、母を送って広島にかえる。来るときは花かんばしき路も、たちまち霜雪のふる寒さとなった。朝まだきニワトリの声で脚ごしらえをし母の輿にしたがって、よろめきながら歩む。しかし、足の疲れはモノのかずではない。ひたすら、母の輿が安らかであれとのみ考える。
旅店にいこい、母に一杯を献じて、自分もお相伴をさせてもらうと、あたかも陽光がさしこんで、霜すでにかわき、寒さも疲れもまったく忘れてしまう。五十の子に、健やかな七十の母がある。この幸福は、人間世界に、まこと得がたい嬉しさである。山陽街道は人馬の往来がしきりであるが、いったい誰が、わが母子の歓びに及ぶものがあろうか。
*ほのぼのとした親子の情愛あふれる詩でした