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KOSEIのブログ

自分の可能性をどこまでも

密教行者不思議体験記その1

僕は25歳の時に密教の某流派に入門し、密教の基礎を教えを授かり様々な修行に明け暮れていた時期がありました。

あのような意識の内部を歩き回るような作業をしていると、普通とは違った経験をします。密教と山岳宗教・修験道とは似通った行をやります。滝行修行もその一つ。僕は山籠りして100日間毎日一日も欠かさず、お滝場に通い毎日滝行を行いました。それも寒さが始まる11月末ごろからはじめ2月ぐらいまでやるのです。入滝の時刻も真夜中かあるいは明け方つまりなるべく寒い時間帯を選ぶわけですね。

僕の場合は完全な山籠りではなく、仕事をこなしながらの修行でした。といっても自由業であった為にできたようなものですが、仕事が終わってから遠路はるばる電車とバスを乗り継ぎ、また日によってはバスが終わってしまい、電車の駅から山の中まで40分ほどあるいて通いました(通い山籠とでもいいましょうか)。どちらかというと、歩いて御山の中まで行った記憶が残っていますので、ほとんどは歩きでしたね。電車で40分、歩きで40分かけて毎日通ったのです。山は春先に山開きというのがありますが、これは登山・ピクニックをする人のためのもので、この山開きが行われる前が我々行者の活躍時でした。この時期は当然のように観光客も少なくて行がやりやすいのです。

山には霊気が充満しています。とはいえ夜山道を登るときは本当に怖かったですね。夜中の魑魅魍魎が?ではなくて、道を踏み外したら転げ落ちてしまい大怪我でしょう。運が悪かったら誰にも見つけてもらえないかもしれない。なので僕は一歩一歩踏みしめるようにして山頂近くの行者小屋めざして登りました。それでも月明かりがある日はまだしも、月が出ていない日は本当に鼻をつままれても分からないほどの「漆黒(ebony)」状態です。慈求呪(不動真言)を唱えながら登っていきました。このようにして少しづつ滝へ入る前の心と身体の準備をしていくことに意義がある、と私は私の導師から教わりました。

山中の暗闇の中を長い時間歩いていると、耳元で何か囁かれているように感じたことが何回かあります。しかし内容は聞き取れず、ひそひそ話しのような感じで、心が心を騙そうとしている・・・これは錯覚でしょう。ようやく行者小屋の明かりが見えてきたときはそれまで恐怖に震えていた心が急にぱぁっと明るくなります。光というのはなんと人の心を元気づけるか!

小屋のなかの行者部屋で仕度をして、いよいよ入滝です。午後11時から午前1時の間は子の刻で「気」が最も強くなります。その時間帯のうちに「お水取り」をして、そのお水を溜めておきます。このお水は明くる日他の行者さんや信者さんが見えたときに出すお茶に使われます。大体入滝は午前1時ごろでしたね。着替え所(といっても粗末な板で区切っただけのエリア)で着替えます。着替えるというよりもほぼ全裸になって薄い一枚の行衣を纏うだけです。所定の所作をおこない、滝に入っていきます。滝の中で真言を何回か唱え、出滝します。その間は数分ですが(それ以上は無理です)、寒くて自然と腹が震えてくるのです。おさえようとしても勝手に震えが止まりません。気温はおそらくゼロ度かマイナス数度でしょう。出滝後濡れた頭髪がパリパリに凍ってくるので零下はいっていたと思います。ほとんど全裸状態でその気温の中にいるので震えない方がおかしいでしょうね。

出滝のあとは寒くて寒くて・・一刻も早く小屋へ戻りストーブに当たりたいところですが、急激な気温の変化は身体を損なうという注意をいただいていたので、しばらく山の中をさまよいます。まあべつにさまよわなくていいのですが、一箇所に突っ立っていたら余計寒いので、なるべく身体を動かす意味で山道を駆け上ったり駆け下りたり・・・・、大きな声を出さないと寒さに負けるので、野獣のような叫び声をあげます。しばらくそれを行って身体を馴染ませてようやく行者小屋へもどりストーブの前に。それから部屋へ戻りコタツに入ります。その間はいくら暖めても寒さは続いていて腹は震え続けています。山を登り始めるあたりから、終わりまで他の人は一人もいません。行者小屋を守っているおじさんとは顔を合わせますが、それきりです。

昼間は行者小屋でくつろいでいると他の行者さんが登山してきています。色々と情報交換しますが実力のある行者さん揃いで、「ワシはこういった験力(超能力のことです)がある」「いやワシは・・・」といった力自慢を色々聞いたり体験談を聞いたりして過ごします。また僕は毎日お堂に入って勤行をしていたのですが、山には狐狸の邪霊がいるというのは、ほんとに本当だという思いをしました。

ある日お堂に入って勤行(読経)を必死にしていました。するといきなり右後方から小砂利を一掴みにしたぐらいの量の石つぶてが、「バラバラ」という感じで、僕の頭から背中にかけて当たってきたわけですね。子供のいたずらかと思い、思わず後ろを振り返りました。ちなみにお堂の前、つまり僕が坐っていて背中を向けていた方向は見晴らしのきく広場で誰かがいれば必ず分かります。ところが人の影一人、それどころか足音さえ聞こえなかったのです。背中に石ツブテの攻撃を受けて反射的に振り返ったので、誰かがいたとしたら走り去る音ぐらいは聞こえたはずでです。

山にはいたずら好きの動物霊がいることは前から聞いていたので、まあそういう動物霊だろうと思ったのですが、実際に体験するとこの物質世界が物質のみで出来ていないということに変に納得しちゃいますね。

 

Kosei