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KOSEIのブログ

自分の可能性をどこまでも

日本人が知らないルネサンスという思想運動

日本人が知らないルネサンスという思想運動

私たちは「ルネサンス」というと、「文芸復興」「人間復興」のことだと習った。あるいは、フランス語「ル(再び)ネトル(生まれる)からre-naitreでrenaissance(再生する)ことだという。では一体、何が再生し、何からの再生であったのか。何が「復興」したのか。それを分かってないし、誰も説明してくれない。日本人のヨーロッパ歴史学者も、文化史・美術史が専門の学者たちも、大きな真実を教えてくれない。ルネサンスの個々の芸術家(ボッティチェッリラファエロ)の作品の表面的な解説ばかりする。そんなものは、観光ガイドブックにだって書いてある。

だから、日本人は今でも、15世紀(1440年代から)のイタリアで起きた巨大なルネサンス革命、ミケランジェロメディチ家、共和政体(レプッブリカ)、ダ・ヴィンチの意味が分からない。そして分からないまま“世界的ブランド”としてだけ有り難がっている。

本当のルネサンスとは1440年代に誕生したばかりの近代人(モダンマン)たちによる、激しい政治思想運動(ポリティカル・ムーブメント)だったのである。ルネサンス(リナシメント)の持つ本当の意味は、イタリア15世紀の絵画・彫刻・建築の技法上の発展のすばらしさといった問題に限定され閉じ込められるような、つまらないことではなかったのだ。ルネサンス(リナシメント、人間復興)とは、どうやら人類史、世界史の1440年代からこっちにおける巨大な思想運動、政治革新運動の中心、心臓部であったようだ。学問上の大変革運動であり、芸術上の大革新でもあり、そして政治上の知識人たちへの激しい思想弾圧と宗教弾圧であった。さらにルネサンスとは、アッカデミア・ネオプラトニカ(新プラトン学院 accademia neoplatonica)、新プラトン主義の思想運動のことだ。

どうも15世紀の繁栄の絶頂のイタリアが、人類の今に至る、西暦1500年から2000年の初めまでに起きた人類史の絶頂だったのではないか。それぐらいにイタリア15世紀(Quattrocento クアットロチェント)ルネサンスというのは特異であり、驚異的である。イギリスやフランスなどたいしたことはない。現在に至っても、イギリス、フランス文化などはすべてイタリア・フィレンツェルネサンスの物真似に過ぎない。パリのルーヴル博物館の展示品は、くだらない王様たちの肖像画ばかりだ。あるいは当時のイタリアから買ってきたものだ。それぐらいにフィレンツェは圧倒的に壮麗であり、華麗なのである。

ヨーロッパで皇帝の帝位を1000年間名乗れたのはウィーンだけだ。あとはすべてたかが国王、王様だ。最近イギリスのチャールズ皇太子ではなく王太子と正しく訂正するようになった。

 

では、お馴染みの名曲「アルハンブラの思い出」をお聞き下さい。https://www.youtube.com/watch?v=4AbiP1o4QQY