人になれ奉仕せよ
人になれ奉仕せよ
この標語は僕が通っていた中学高校の学校の標語です。クリスチャンの学校だったので堅苦しい感じで僕はあまり好きな校風ではなかったんですが、この標語だけは「いいね!」です。
というのも、ここ数年親しい仲間と新たな活動を始めようという流れになってきているのですけれど、どんな活動かというと、人助け運動なんです。
この惑星は本当に不公平な社会です。何が不公平かというと、何も給料が高いとか安いとかいうことじゃなくて、人が持っている才能というか、その人の光り輝くものをお互いに認めて伸ばしていこう、という構造になってない。
うまくいかなかったら、なんて言われるか?努力が足りない!それはよしとしても、二言めには、どのジャンルでも「そんなことじゃ厳しい競争に勝ち残れないゾ!」と。
競争することが目的ではない。自分のやりたいことをやりたいだけです。多数の中を勝ち抜いてトップになった人は皆から褒め称えられ、羨望の眼差しで見られる。
競争に勝利した人は敗者を見下げています。
すべての人がそうではないと思いますが、他に打ち勝って自分が優位に立った時の優越感は、人間のDNA に刻印されているようですね。
これは、勝てば官軍のような、弱肉強食のジャングル論理です。もう原始人の時代は終わってるんです。
なるほど確かに。
目標設定により結果として能力が高まればいいのでは?ということも一部頷けます。でもトップになれなかった人は?
人に与えることができないと、霊的進歩は進まないと思います。食べ物を確保するために周囲と争って勝ち取る。これは原始時代の名残でしょうね。
そのため、僕と仲間たちは、過去に於いても現在でも競争で勝てなくて、結果的にいま切実に困ってる人を助け、そしてその助けられた人も別の人を助けていく。そして助け連鎖を拡げていく。そんな計画を立ててます。弱者救済です。
国の福祉政策も機能してますが、まだまだ細かいところまでは手が回らないようです。
また人類全体の霊的レベルを上げるためには、人の心を変化させていかなくてはなりません。本来その部分は宗教の役目なのですが、悲しいことにほとんどの宗教が勢力拡大の努力ばっかりです。 嗚呼!
KOSEI