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KOSEIのブログ

自分の可能性をどこまでも

太乙金華宗旨

< 『太乙金華宗旨』と『BWT』 > 2016/01/28

 C・G・ユング博士は言っています。『人間の身体があらゆる人種的相違をこえて共通の解剖学的構造を示すのと同じように、魂(プシケ)というものも、あらゆる文化と意識形態の相違の彼方に共通の底層を有しているものであって、私はそれを”集合的無意識”と名づけたのである。』これは、フロイド博士の打ち出した『リビドー説』の更に下意識部分を”集合的無意識”としたお馴染みのユング博士の説です。

 中国には『太乙金華宗旨』という道教書がありますが、これは『黄金の華の秘密』という書名でC・G・ユング、R・ヴィルヘルム共著として現代によみがえっています。この『太乙金華宗旨』という書の内容は中国のある秘教的な部分に属しており、それらは長い間口伝で伝えられてきたもので、その後書写の形で伝えられてきました。はじめて印刷されたのは清の乾隆帝の時代(18世紀)です。この『太乙金華宗旨』の第一章天心(天上の意識)を見て見ましょう。

 訓読文⇒『呂祖師曰(いわ)く:自然を「道」という。道は名も相も無し。一なる性のみ。一なる元神のみ。性と命とは見るべからず。これを天光に寄す。天光は見るべからず。これを両目に寄す。

 現代語訳⇒呂祖師は言われる。それ自身によって存在するものは「道(タオ)」と呼ばれる。道には名前もなければ形態もない。それはひとつの本性、ひとつの根源的精神である。人は[真の]本性と[真の]生命とを見ることができない。この両者は天上の光の中に含まれている。人は天上の光を見ることができないが、それは両眼の間に潜在しているのである。

 ところが洋の東西を問わず行き着くところは同じだなと思うことがあります。それは、アメリカに『BWT』(Brotherhood of the White Temple)という宗教団体があるのですが、『BWT』の瞑想法の中に『思念を目と目の間のちょっと上のところに集中し、そこに光を心像化し、その光を脳下垂体から松果腺へとゆっくりもっていく。次に松果腺から頭頂部へゆっくりと上げる』というものがあります。もっとも眉間の部分・もっと正確に言うと眉間の部分の奥「松果体」は「第三の目」の部位ということで有名ですね。

以下はブログ " In Deep (http://oka-jp.seesaa.net/article/316830139.html)よりの引用です。

 2011年頃、米国の大学の日本人科学者が、光の「松果体と光の関係」に興味を持ち、「目を持たない魚が松果体で光を見ていることを突き止めた」という記事を書いたそうです。しかも、曖昧に光を感知しているのではなく、この魚たちは「光を直接感じとっている」のです。つまり、「松果体で直接光を見ている」という意味のことで、かなり衝撃的な発表だったと今でも思います。脊椎動物というのは、大体において器官の役割は似たようなものなので、通常の地上に住んでいる多くの脊椎動物は、人間も含めて、目や耳や口の役割は、基本的な機能としては同じような感じだと思います。

 中国の『太乙金華宗旨』の『金華』とはじつは『黄金の華』であって光を指すのです。黄金の華の光とはいったいどんな色を持っているのでしょうね?

KOSEI