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KOSEIのブログ

自分の可能性をどこまでも

中国面白体験記その90<中国文化01・復活>

中国全般 古代・神秘

<中国文化01・復活>  2016/05/07

Valley goddess who produces all things never dies. 

I call her “mysterious motherhood”. 

Heaven and earth appeared from her gate. Her existence is vague and obscure. 

However she is producing all things unceasingly.

 

いままで中国語に関して僕の体験から来た様々なことを書いてきましたが、あくまでも参考資料としていただいて、基本は専門書や教科書で勉強に励んでください。日本で購入できる中国語学習の良書もあるのですが、最初からあれもこれもは無理ですから、まずは基礎固めですね。

さて、僕が中国で体験したことの中で、大きく役立っているのはやはりなんと言っても「仙道修行」でしょう。仙道(=道教)といえば、老子です。

老子の道徳経第六章に「谷神は死せず、これを玄牝と謂う」という有名な一文があります。原文は「谷神不死。是謂玄牝玄牝之門、是謂天地根。緜緜若存、用之不勤。」

この書き下し文は、「谷神(こくしん)は死なず。これを玄牝(げんぴん)と謂(い)う。玄牝の門、これを天地の根(こん)と謂う。緜緜(めんめん)として存(そん)する若(ごと)く、これを用いて勤(つ)きず。」上記はその英訳文です。
現代語訳は、「万物を生み出す谷間の神は、とめどなく生み出して死ぬ事は無い。これを私は「玄牝(げんぴん) – 神秘なる母性」と呼ぶ。この玄牝は天地万物を生み出す門である。その存在はぼんやりとはっきりとしないようでありながら、その働きは尽きる事は無い」となりますが、「道」の働きを母性に例えているわけですね。谷神とは子供を産み出す女性と大河の源流としての谷川を神格化して例えたもの、と一般的には言われています。

ところが、仙道とは仙人になる道のことなのですが、その初期段階の修行では、身体の中のツボ(経穴)に意識を集中し、熱を発生させてそれを移動していく、重要なポイントであるツボではしばらく時間をかけて「温養」する。その段階が過ぎたら、身体の中で気を練って、それを頭頂から外へ出す、これを出神といいます。その身体から出た存在は自分と同じ形をしているといわれています。しかし幽体とはちょっと違います。それは幽体とは違い、誰にでも見えるということ、話もできる、飲食もできる、ということです。そこらへんが、西洋魔術で言われている「アストラル体ダブル(分身)」と、似ているようで大きく異なる点です。

さてこの仙道の修行の中で秘訣といわれるツボやコツがいくつかあり、それは「暗喩」で語られているのですが、老子の「谷神は死なず、これを玄牝(ゲンピン)という」という詩句から「玄牝」は、じつは上記のような形而上学てきな解釈ではなく、仙道修行の重要ポイントともいわれているのです。つまり「玄牝」を開けば仙道の行は大いに進むといわれているツボなのです。

しかし元々これは「暗喩」であるため、その場所がどこなのか?多くの説があり、外部の人間には全くわからないようになっています。

そのうちのひとつに「玄牝」は「会陰」のことだという説がありますが、説得力があるのではないかと僕は思います。なぜならヨーガでいわれている「クンダリーニ」に非常に近い場所で、ムラダーラチャクラの場所でもあるからです。ムラダーラは非常にエネルギッシュなパワーポイントで、ここを開発すれば超活動的な人間に早変わり、というわけですから。勿論、「中黄」(下丹田)とか「檀中」(胸)だという説もありますが、エネルギー発露という意味では「会陰」は非常に重要なツボなのです。ここを開けば「玄関を開く」(玄牝の関・天地に通ずる)ことになるということになります。会陰に「意念(意識)」をかけて、しばらく「温養」します。

しかし言っておきますが、この段階に来る前に激しい呼吸(武息等)によって、身体のなかの熱量を上昇させておかないといけません。強い火力がないと「玄関を開ける」ことができないのです。僕はかなり長い間呼吸法訓練に励みました。

なぜこのような話をするのかといいますと、これは人間の「復活」に関係があるからです。イエス・キリストは十字架にかけられ処刑されてから3日後に「復活」したといわれています。この話は信仰深くない人は「単なる伝説だろう」と思うでしょうし、信仰深い人の場合は、たしかに肉体が復活したと思っています。

しかし隠秘学の立場から言いますと、これはイエス・キリストは偉大な魔術師でもあったわけで、自分のアストラル体(幽体)を自由に操れたためです。死後弟子たちの前に自分のアストラル体を出現させることぐらいは朝飯前ということです。魔術の訓練課程の中にも「アストラル投射」というものがありますが、まさにあれです。

僕は、出神で自分の複製を造っておけば人類の水準は飛躍的に伸びると真面目に信じています。信じてない方から見れば「馬鹿げたこと」でしょうが、それはしょうがないことです。僕は自分の信じた道を進むだけです。また修行が進めばアストラル界にも自由に出入りができましから、ご先祖様ともいつでも交流ができます。達磨大師が面壁500年座禅を組んだといわれていますが、500年間というのは単なる文学的、あるいは宗教的な誇張表現ではなく、星幽体(アストラル体)となって瞑想されたのであると、僕は信じています。

だから、たとえ亡くなった方がいても、完全ではないにしても、その方のアストラル体をある程度復活させる(呼び戻す)ことができるはずなのです。

しかし、肝心の修行法ですが仙道一本に絞ってしまうと、なかなか苦しいです。なぜかというと、徐々に翻訳本が出てきているとはいうものの、まだまだテキストになるものが少ないのです。そもそも秘密の部分が多いため、翻訳といっても信頼できる原本が少ないということが輪をかけて難易度を上げています。それを補ってくれるのが西洋魔術です。

広大な意識の世界に羽ばたきましょう!広大な意識の世界の旅を始めましょう!

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