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KOSEIのブログ

自分の可能性をどこまでも

中国面白体験記その72<中国文化:中国占いVS西洋占い002>

<中国文化:中国占いVS西洋占い002>  2016/04/15

僕は中国占星術を日本国内で専門のスクールで学習しました。陰陽五行学やその成り立ちについて、干支について等々とても勉強になりました。しかしその学院の基本的な考え方は「宿命を受け入れその宿命のとおりに進めば人生は好転する」といった内容だったと思います。僕としては一つ疑問が起きたのである日校長先生に質問しました。「もしガンになるという宿命を持っていたらそのとおりになるのを受け入れて死ぬのが幸せなのですか?」と、するとその校長顔を真っ赤にして怒気激しく激高して叫ぶように何かをベラベラと話し始めました。「何かを」といったのは校長のはなした内容がまったく記憶に残っていないためです。きっと激高したその様子からしてちゃんとした答えではなかったのでしょうね。なぜ。キチンと論理的に答えてくれなかったのか?日本人は性善説なのでしょうか?誰も疑問に思わないのでしょうか?そこがウイークポイントなんでしょうね。とにかく、支離滅裂だったと思います、不思議なものでそういうときの話の内容はまったく覚えていないものですね。人間の脳は非常に便利にできていて、覚えていたくないものは忘れるという機能がついているのですけど、そのためかもしれません。とにかく校長の権威もなにもかなぐり捨てて、口角泡を飛ばして僕を攻撃してきた情景だけが印象に残っているだけです。あのような人間が校長では・・・、この学院も大したことはないと思いました。

というのも、僕はそれまでに入門したり経験したりしてきたところでは、自分を災厄あるいは悪業・悪因縁といったものから救う、あるいは闘ってそれらを近づけないようにする。自分を鍛えて強くなり、他人を救済する。つまりラディカルだったわけです。高尾山の山にこもっていたときも験力(超能力)を持っているという行者が色々と腕比べやら自慢話に現を抜かしているのを見てきましたが、あの行者ですら、自分の力で変えてやろうじゃないか、という気概があったのです。ところがこの中国占星術の代表者が言っていることは、宿命のまま生きろという、いうなれば僕から見れば、ヘナチョコ哲学、弱者の思想、にしかみえなかったのです。自分にとって自分を助けてくれる宿命を発見してそれを伸ばしていくというのは必要ですよ。でも世の中いいことよりも悪いことのほうが多く起きるんだ。だからみんな困っているんだ。芯の部分がヘナチョコなら周りからつぶされます。

それから言っておきますが「宿命どおりに生きましょう」などというこの考え方は中国の考え方ではありえないことです。なぜかというと中国はサバイバル国家です。生き残るというのが最優先な国です。現金を持っていないと苦しみもがいて病院にいっても治療をしてくれない国です。この学院の「宿命に従いましょう」という思想は間違いなくウソです。

たしかにスクールを経営する以上収益を考えなければいけませんから無理もありませんが、日本人の無智に付け込み事実と違うことを公言してはばからない。僕は釈然としないものを感じます。日本で生徒を増やすために考えた思想でしょう。たしかに中国のむかしの時代にそのようなことを言った人がいたかもしれませんが、中国占星術などというもっともらしい名前をつけて流布しないでもらいたい。もっとも中国の文化を日本人の性質に合わせて、事実と異なることような宣伝している人はとても多いですけれど。

某宗教教団はその教団に入信し、その教えを守り実行していれば危害には決して遭遇しないと言ったことにたいし、僕のむかしの友人がその某教団と論戦になった時にこういったそうです「じゃあ貴方の教団の人と信者で無い人を鉄道線路に縛り付けて絶対に取れないようにしておいたら列車は貴方の教団の人だけを飛び越して信者で無い人だけに危害を加えて走り去るのですか?」と聞いたそうです。そのときもその某教団の人はさっきの校長と同様な反応を示したそうです。

僕は技法だけ教わってあとは一歩も近づいていません。近づくだけで汚染されるのです。

宿命や運命を知るのは有益です。人生の羅針盤になるから。嵐が来るのがわかっていたら心構えもできるし、家の補強もできる。これが正常な考え方。ところが、嵐が来るのがわかったとき、「嵐に家が吹き飛ばされるままにしましょう」と考えるのは、四次元性痴呆です。四次元性痴呆とは今僕が考えました。「普通人ではありえない白痴」あるいは「超越痴呆」とでもいいましょうか。

またまた脱線してしまいました。捏造部分はさておき、この占星術は非常に適格な一面を持っています。そして習得が容易とはいいませんが、或るレベルまででしたら時間さえかければ習得できます。しかし上級クラスになると何とか論、かんとか論といったものが目白押しで、僕の感覚ではこの何とか論は別に勉強をしなくても普通の占い師レベルなら必要はないでしょう。ちょっと占い師になってみようか、といった人でも少し勉強すれば、それっぽくなれます。それよりも占い師に必要なのはコンサルタント能力、カウンセリング能力、人の話を聞く能力です。内部作業は基本的に四柱推命と似たことをやりますが、4つの柱が3つの柱になるだけ。そして呼び方が変わるだけ。しかし四柱推命では時間の柱を考慮して鑑定結果を導き出していますが、中国占星術でそれを別の形で解決しています。

この学院で習ったのみの方法ではなく、広い意味での中国の占星術という意味では他にも在りますので、そのほかのものをも使い同時並行で鑑定していくのが理想的です。有名どころでは「九星術」です。これは乾・兌・艮・離・坎・坤・震・巽・中と9つの星と、それに対応する各要素を基に鑑定をしていくのです。例えば離は九紫火星に対応しますが、諸々の判断の時に九紫火星の意味を考えながら過去現在未来を組み立てていくわけですね。そしてこの9つの星にはそれぞれが持っている「勢い」がありますから、例えば簡単な鑑定法で今年は「坎」に入っているから病気や怪我に注意する、といったように使うのです。その年は危ないところには近づかないようにします。しかし自分の生まれ日の干支が火であった場合(丙や丁)に廻ってきている年の干が水(壬や癸)であると、火は水に消されますから自分が弱ったりケガに遭遇したりしがち、と判断します。

あと中国の「奇門遁甲」「八門遁甲」といった運命学も難しい学問です。難しいという意味は市井に知られているそれらのノウハウはほとんどウソだということです。食いはぐれた占い師が神秘的に見せるためにあれやこれやと飾りをつけて大売出ししているのでしょう。たいがいにしてほしい。

ところが中国のいかなる運命学でも「易経」といったしっかりとした哲学背景とリンクされたとき初めてまともなものになります。占いという道具を使った修行体系なのです。本来「中国占星術」などというものはないのです。易経にすべての原理があります。これはアストロロジーも所詮「ゾハール」や「セフィル・エトジラー」を修めない限り単なる「占い」に堕落してしまうというのと同じです。陰陽五行学の定理だけで世の中が詳らかになるのであれば世話はない!!!!どんなに「中国占星術」といって神秘めかしてお化粧をしても単なるクズです。やはり修行体系が根底にないと。僕が「占い」あるいは「運命学」に見切りをつけた理由です。

KOSEI